事例としての岐阜県

 岐阜県は「県民、事業者、関連団体が協同し、観光振興施策を県の基幹産業として発展させることで、誇りの持てるふるさとをつくることができる」と考え、条例としてその基本方針を定めるに至りました。意見交換会やパブリックコメントを活用するなど、その積極性は他の都道府県と比較しても随一でした。観光地として世界から選ばれるためには、県民が一致団結して観光業を推進する必要があります。その端緒として、県に観光国際局を設置するなどしてグローバルな人材を抜擢し、観光に関わる県政を牽引する司令事務局を稼働させました。

 具体的には国内外で岐阜の知名度を向上させること、旅行者に岐阜を選んでもらう動機付け、資源を売れるものに変えること等を軸に、戦略を組み立てました。まずターゲットを固めます。人口の多い中国を最終ターゲットに定めるにしろ、広大な国を相手にプロモーションをかけるのは現実的ではありません。そこで、あらゆる産業に華僑が関与するシンガポールを架橋的ターゲットとしました。飛騨牛、日本酒、木製家具を喧伝するために、知事自ら攻勢に出ました。またシンガポールで岐阜産の商品を継続的に取り扱ってもらうため、何度も職員を現地に派遣し、商品の質の良さを刷り込ませました。さらにシンガポールの旅行会社との関係を密にしようと、現地の旅行博にも参加し続けました。そうするうちに、現地のメディアも報道してくれるようになり、シンガポールでは岐阜が訪日旅行先の定番にまで上り詰めました。

 結果的にシンガポールに加え、タイやマレーシアからの観光客も激増しました。ここまでの成果を当初職員が予見していたのかは分かりませんが、他の都道府県同様、県民のインバウンドへのコミットメントが最初から高かったわけではないことだけは確かでしょう。

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